スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

講演レポート② 近代的城下町[一乗谷]

[前回]の続き

演題② 近代的城下町[一乗谷]

0820-35.jpg

一乗谷は山間に位置している。

上の写真の左手の山の頂上に一条城があった。現在は一条城址があるが、残念なことに観光で訪れた際こちらへ案内されることは皆無である。堀切や畝上竪堀など見所は満載なのだが・・・実に残念である。

0820-38.jpg

上の写真とは方角が間逆の地図だが、地図左下にある心月寺に朝倉義景の肖像画が奉られている。

写真と地図で見ていただいてお分かりのとおり、山と山の間の狭い空間に越前の小京都[一乗谷]は存在した。なぜこのような地に城を移したのか、それは、領国経営よりも防御を最優先に考えていたからである。ちなみに、当時は、この一乗谷に10,000人前後の人が暮らしていたらしい。

さて、演題の「近代的城下町」とはどういうことなのか。次の写真(図面)を見ていただきたい。

SNIN0324.jpg

これは一乗谷の赤渕・奥間野・吉野本地区の復元図なのだが、お分かりになるだろうか?

T字路が多く十字路は少ない。まっすぐ見通せる道はなく、必ず途中で角度がついている。また、道幅が段々狭くなるように設計されているのだ。こういった特徴は近代の城下町では珍しくもないのだが、当時の城下町ではかなり珍しい考え方だったそうだ。このあたりからも防御面にかなり重点を置いていたということが窺える。

0820-00.jpg

観光に訪れてまず勘違いされるのがこちらの唐門。

0820-31.jpg

これを一条城の入り口だと思われる方がいらっしゃるが、正確には義景館の正門だ。この唐門にも面白いものがあって、表には朝倉氏の家紋である三ツ木瓜が描かれており、裏にもう一つ別の家紋が描かれているのだ。

気になった方はぜひ足を運んでほしい。というのは冗談で、裏には鬼梧桐という家紋が描かれている。これはよく豊臣の五三桐と思われるのだが、先生曰く義景の替え紋だとのことだ。


さて、次回更新でこの講演レポートを終わります。最後は題して[女の戦い]!
先生の講演を聴いたとき、朝倉と女の戦いって!?どう関係するの??と思いましたが、まぁ朝倉と言うよりも浅井のほうのお話かな、これ・・・・。


↓ランキング参加中!ポチってくれると嬉しいです(^^
にほんブログ村 ゲームブログ 信長の野望Onlineへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ : 信長の野望online-鳳凰の章
ジャンル : オンラインゲーム

トラックバック

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

プロフィール

神運天林檎

Author:神運天林檎
信長の野望オンライン[真紅鯖 徳川家]
神運天林檎:休止中

新生FFXIV[バハ鯖]
Siegfried Kircheis:休止中

来場者数
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
ぶろく村の新着記事
RSSリンクの表示
フレンドのブログRSS
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。